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多羅尾光睦の出身地や経歴・学歴(高校・大学)やプロフィールは?

今回は、多羅尾光睦副知事の

 

 

出身地などのプロフィールや

 

出身高校・大学などの学歴や

東京都入庁から現在までの経歴

 

 

などなど…多羅尾光睦副知事について書きました。

多羅尾光睦の出身地などのプロフィールや学歴(高校・大学)は?

引用:https://cdn-xtrend.nikkei.com/atcl/contents/watch/00013/00710/003.jpg?__scale=w:980,h:980,t:5,q:50&_sh=0420390820

多羅尾光睦さんの出身地などのプロフィールや学歴(高校・大学)ですが

 

  • 名前:多羅尾光睦(たらおみつちか)
  • 生年月日:1957年8月23日

 

学歴(出身高校・大学)は

東京都立武蔵高校→青山学院法学部(1980年卒)

 

東京都立武蔵野高校は

  • 偏差値67
  • 武蔵野市の都立の併設型の中高一貫教育校
  • 都立の中では上位に入る進学校
  • 岩下志麻、是枝裕和などが卒業生

 

と言った感じの高校になりますね。

 

 

多羅尾光睦さんの出身地に関しては不明でした…

 

多羅尾と言う苗字は、日本でおよそ440人しかいない苗字になります。

 

多羅尾と言う苗字は、近江国甲賀郡多羅尾村が起源となります。

多羅尾は応仁の乱以前から伊勢と京の交通の中継地点で、多羅尾玄頻と言う方が貴族や将軍に取り入れ、多羅尾氏は代々京の貴族や将軍など偉い人達の警護をされていました。

 

鎌倉時代に近江国甲賀郡信楽荘多羅尾に発祥し、江戸時代末までこの地を治めた武家である。

1296年(永仁4年)、信楽は近衛氏の荘園であり、この地に隠居していた近衛家基が亡くなった。その後、息子の経平と多羅尾の地侍の娘との間に男子が生まれた。この子供ははじめ高山太郎と名乗っていたが、1303年(嘉元元年)多羅尾の地名を姓とし、名も改めて多羅尾師俊と名乗るようになった。これが多羅尾氏の始まりである。師俊は多羅尾に城を造り、信楽全体に勢力を広げていった。

 

これらの情報を見て行くと、滋賀県出身なのでは?と思いますが…

出身高校は東京都立の中高一貫校なので、東京都出身の方ではないでしょうか?

 

 

以上が、多羅尾光睦さんの経歴に関する記事ですね。

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多羅尾光睦の経歴は?

引用:https://cdn-xtrend.nikkei.com/atcl/contents/watch/00013/00710/003.jpg?__scale=w:980,h:980,t:5,q:50&_sh=0420390820

多羅尾光睦さんの経歴ですが

 

1980年6月、東京都入庁

2004年8月、東京都立保健科学大学事務局長

 

2006年7月、東京都総務局行政改革調整担当部長

2007年6月、東京都港湾局総務部長

2010年7月、東京都人事委員会事務局長

2012年7月、東京都港湾局長・東京臨海高速鉄道取締役(非常勤)

 

2015年7月、東京都生活文化局長

2016年から東京都総務局長を務め、2020年東京オリンピックに向けLGBT担当部局の設立などを進めた

2018年から東京都副知事として、総務局、福祉保健局、産業労働局、港湾局、東京消防庁、青少年・治安対策本部、病院経営本部、選挙管理委員会、人事委員会、公安委員会、労働委員会を担当

2019年から総務局、オリンピック・パラリンピック準備局、産業労働局、港湾局、東京消防庁、人事委員会、公安委員会を担当し、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会副会長や東京都職員共済組合理事長や嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センター評議員なども務めた

 

 

以上が、多羅尾光睦さんの経歴になりますね。