芸能

李麗仙の若い頃の画像や経歴は?高校・大学などの学歴は?

今回は、女優・李麗仙さんの

 

 

若い頃の可愛い画像や

幼少期や・中学・高校・大学時代についてや

 

若い頃の経歴

 

 

などなど…李麗仙さんの若い頃について書きました。

李麗仙の若い頃の画像は?高校・大学などの学歴は?

李麗仙の幼少期や高校・大学などの若い頃についてですが

 

1942年3月25日、在日韓国人2世の両親の6人兄弟の長女として東京都で生まれる

なので、李麗仙さん在日3世になります。

 

生まれた時の名前は李初子(이초자イ・チョジャ)でした。

小・中学校では、通名“星山初子”を使用した

 

中学で、演劇部に所属し芝居を始める。さらに、児童劇団「こまどり」にも所属してた

 

東京都立広尾高校卒業

高校でも演劇部に所属するも、父親の事業に失敗し、アルバイトで授業料を払い、制服は中学のものを使用、林間学校や修学旅行にも行けなかったそうです・・・

 

東京都立広尾高校は

  • 偏差値57
  • 東京都渋谷区にある公立高校

 

になります。

 

高校卒業後、演劇学校「舞台芸術学院」に入る

1クラスの人数が多く、ダンスに興味を持ち毎日レッスンに励むも埋もれそうになりながら練習に励んだ

さらに、映画・舞台・狂言・歌舞伎・能などを鑑賞し、演劇の勉強に励む

 

舞台芸術学院は

俳優養成を目的とした専門学校になります。

 

 

以上が、李麗仙さんの幼少期や高校・大学などの学歴など若い頃の経歴について書きました。

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李麗仙の若い頃の経歴や画像などは?

李麗仙さんの若い頃についてですが

 

舞台芸術学院生活が3年経ち劇作家・唐十郎さんと知り合う

 

1963年、舞台芸術学院を中退し、唐十郎さんが設立した「状況劇場」に参加

“星山初子”と言う名前でデビューするも、数年後に李礼仙(이예선イ・イェソン)と名乗り、状況劇場の看板女優として活動し、「アングラの女王」の異名を名乗る

李礼仙は、本名の初子に似た礼と母親の名前から仙の字を取った名前です。

 

こちらは、「状況劇団」に在籍してた時のものになります。

やはり、若い頃から綺麗ですね~

 

1967年、25歳で唐十郎さんと結婚し、1968年に大鶴義丹さんを出産

1966年~1968年、「状況劇団」当初は生活費や公演費用を稼ぐ為、土方巽の斡旋で唐十郎さんと共に金粉ショウダンサーとして全国のクラブやキャバレーを回る

 

※「状況劇団」は、寺山修司さんの「天井桟敷」共にアングラ劇場ブームを引っ張り、ソウルやバングラディシュなどで海外公演をされています。

 

1975年、大鶴義丹さんが小学校入学のタイミングで日本国籍を取得、本名が李初子から大靏初子となる

1987年2月、瀬戸内寂聴さんのススメで、芸名を李麗仙に改名

1988年4月、唐十郎さんと離婚

 

 

以上が、李麗仙さんの若い頃の経歴や画像に関する記事ですね。