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唐澤剣也のwikiや経歴は?出身高校・大学は?結婚や伴走者は?

今回は、陸上男子5000m(視覚障害T11)で銀メダルを獲得した唐澤剣也選手の

 

 

wiki風プロフィールや

出身高校・大学などの学歴

 

経歴や

結婚や伴走者に関する情報

 

 

などなど…唐澤剣也選手について書きました。

唐澤剣也のwiki風プロフィールは?

唐澤剣也選手のwiki風プロフィールですが

  • 名前:唐澤剣也(からさわけんや)
  • 生年月日:1994年7月3日生まれ
  • 出身地:群馬県渋川市旧小野上村
  • 群馬県社会福祉実業団点字図書館勤務

 

 

唐澤剣也選手は、先天性の網膜剥離により、生まれながらにして弱視でした。

小学校4年の頃、病気の進行で視力を失ってしまいます。

中学卒業時で、光覚を失い、視力ゼロの状態になり、全盲になります。

 

陸上競技は障がいの種類や程度によって細かくクラス分けされてて

唐澤剣也選手は、視覚障がいクラスの中で最も重いT11クラスで、このクラスは伴走者の並走が義務付けられています。

唐澤剣也の高校・大学は?

唐澤剣也選手の出身高校・大学などの学歴ですが

 

2001年、渋川市立小野上小学校入学

2004年、群馬県立盲学校に失明により転校

 

2007年、群馬県立盲学校中学部入学

2010年、群馬県立盲学校高等部普通科入学

 

2013年、群馬県立盲学校高等部専攻科理療科入学

2016年、群馬県立盲学校高等部専攻科理療科卒業

理療科1年時には、生徒会長を務めています。

 

2016年、第24回あん摩マッサージ指圧師・鍼師・灸師・国家資格合格取得

 

 

以上が、唐澤剣也選手の高校・大学などの学歴になりますね。

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唐澤剣也の経歴は?

唐澤剣也選手の経歴ですが

 

盲学校時代に、体育の授業の一環として陸上に出会います。

元々走る事が好きで、東京でパラリンピックの開催が決まった事がきっかけで中学3年で本格的に陸上を始めます。

 

中学3年時、 1500m 5分14秒で中学大会記録

理療科1年時、1500m 4分54秒で大会記録

 

2017年

全国障害者スポーツ群馬大会予選会 1500m 4分39秒13
群馬大学記録会 5000m 17分36秒89
千葉県民マラソン 10000m 36分5秒01
大分別府パラ陸上  1500m 4分32秒19、5000m 16分51秒63(派遣記録突破)

 

2018年

アジアパラ競技大会 5000m 16分17秒65 自己ベストで金メダル、1500m 4分23秒24で銅メダル

 

2019年

アラブ首長国連邦のドバイで開催された世界選手権  5000m  15分48秒21で銅メダル

5000m世界ランキング2位になる

 

 

以上が、唐澤剣也選手の経歴になりますね。

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唐澤剣也の結婚や伴走者は?

現状では、唐澤剣也選手が結婚してるかどうか?は不明でした。

 

唐澤剣也選手の通ってた盲学校の先輩で鍼灸マッサージを営んでる清野衣里子さんは、自分の鍼灸院に通ってる陸上選手たちに声をかけ協力を求め、プライベートでも朝ごはんの準備や練習後を体のケアなど…唐澤剣也選手の面倒を見ています。

清野さんは2021年2月27日時点で63歳になり、唐澤剣也選手とは孫と祖母の様な関係性になります。

唐澤剣也選手と清野さんは、盲学校の職業体験で知り合いました。

 

 

唐澤剣也選手のガイドランナーは、星野和昭選手と茂木洋晃選手になります。

 

星野さんは、平成16年に國學院卒業したボランティアのガイドランナー兼指導者になります。

星野さんは、昭和36年群馬県片品村出身で、38歳です。

星野さん本人も日本代表のアスリートで、スカイランニングでは平成27年アジア選手権で3位・平成28年世界選手権出場。スキーモと呼ばれる山岳スキーでは、平成31年世界選手権出場しています。

 

星野さんは、清野さんから唐澤剣也選手の指導とガイドランナーを依頼され、練習のメニューの組み立てなどをされています。

星野さんの筋肉を唐澤剣也選手に触らせ、視覚に頼らせず腕振りを再現できるようにさせるという練習を行ったそうです。

 

 

茂木洋晃さんは、1995年生まれで東京農業大学卒で、箱根駅伝の選手として活躍されています。

星野さんの依頼で、唐澤剣也選手のガイドランナーとして活動します。

 

大学卒業後は陸上を辞めるつもりだったので、数回手伝ったらガイドランナーも辞めるつもりだったそうです。

しかし、唐澤剣也選手の本気でパラリンピックを目指してる姿を見て、「もっと応援したい」と言う気持ちが芽生えます。

さらに、茂木さん自身も初心を思い出し、もう一度走る事の楽しさを実感し、競技を続ける事が出来たそうです。