チェリストの堤剛さんですが
父親はNHKの専属オーケストラに所属されてて、週末に近所の子供達に音楽を教えてる方でした。
さらに、父親は堤剛さんがバイオリンからチェロに変わる影響を与え、チェロに変わって1年程はチェロを指導されていました。
母親は小学校の音楽の先生で、東京音楽学校卒業後は声楽家として活動をされてた方になります。
さらに、堤剛さんがチェロを教わった斎藤秀雄さんと出会ったきっかけの方になります。
そんな堤剛さんの両親(家族)について書きました。
堤剛の父親や家族は?NHKのオーケストラに勤務?
堤剛さんの父親は東京放送管弦楽団(NHKの放送用専属オーケストラ)に勤務されてて、当時のNHKは新橋近くの内幸町にあって、その新橋の近くに父親が懇意してた梅沢楽器店があり、第二次世界大戦後初めて作り始めた1/2サイズのチェロが入って来たそうです。
そして、父親がある日のそのお店に寄った時に、店主が堤剛さんがバイオリンをやってるのを知ってたので「バイオリンよりチェロの方がいいと言うかもしれないから、良かったらそのチェロを家に持って帰って息子さんに弾かせてみたら?」と言われ、父親はそのチェロを自宅に持って帰りました。
そして、堤剛さんはチェロを弾いてみたらすらすらと弾けてしまったので、「なんとなくこっちの方が自分に合ってるのでは?」と思ったそうです。
堤剛さんが当時通ってたスズキメソードにはチェロ科がなかったので、チェロに変わって最初の年は父親に教わってたそうです。
父親はコントラバスを弾いてたそうですが、当時はチェロの大先生の大村卯七さんに師事してたので、父親も本当はチェリストになりたかったそうで、堤剛さんがチェロに変わった背景にも影響してるそうです。
なので、堤剛さんがバイオリンからチェロに変わる事を父親はすぐに了承してくれたそうです。
さらに、父親は週末に自宅で近所の子供達にバイオリンや歌やピアノを教えてたそうです。
堤剛の母親は小学校の音楽の先生で声楽家?
母親は、小学校の音楽の先生になります。
さらに、母親は元々声楽が専門で、東京音楽学校(現、東京藝術大学)卒業後にしばらくは演奏活動をされてて、その後藤沢の合唱グループに所属されていました。
そのグループを主催してた澤さんが「親が教えるのは無理があって、もしちゃんとやらせるつもりだったらいい先生につかせなきゃダメ」と言われ、たまたま斎藤秀雄さんと懇意にしてたので紹介してくれたそうです。
その時、堤剛さんはチェロに変わって1年程経ってたそうです。
そして、斎藤秀雄さんの自宅に伺い、チェロを聴いて貰い、斎藤さんに「この子は叩けば何かになりそうだ」と思われ、レッスンを受ける事が決まったそうです。
この時、堤剛さんは斎藤さんの事をどんなに偉い先生かと言う事を全然気にしていませんでしたが、母親は凄く緊張されてたそうです。
ちなみに、妹さんはバイオリニストの恵藤久美子さんで3歳から母親にピアノを教わり、5歳から父親にバイオリンを教わっています。
https://akasannbiz.com/2022/11/14/tutumituyoshi-kodomo-imouto/