今回は、日本テレビ・加藤正俊プロデューサーの
- wiki風プロフィール
- 出身高校・大学や学生時代
- 経歴やエピソード
などなど…加藤正俊プロデューサーについて書きました。
加藤正俊プロデューサーのwikiや出身高校・大学は?
加藤正俊プロデューサーのwikiや出身高校・大学ですが
プロフィール
- 生年月日:1968年
- 年齢:54歳
- 出身地:北海道旭川市
学歴
- West Memphis High School 中退
- 1988年、北海道旭川東高校 卒業
- 1992年、明治大学 政治経済学部政治学科 卒業
となります。
旭川高校は、北海道旭川市の公立の進学校で、偏差値は67になります。
ちなみに、加藤正俊プロデューサーは、2017年度 旭川東高校東京同窓会にて、自身で製作したスペシャルドラマを上映されています。
歓談が一服したところで、スペシャルドラマの上映です。このドラマは、昨年の第53回総会・懇親会の企画として、現役ドラマプロデューサーである38期・加藤正俊(幹事代表)が制作したものです。参加者の共通点である「旭川から上京した」という体験をもとに、新同窓生が等身大の自分を重ねて共感できる内容となっており、新同窓生からも大きな拍手が送られ、大いに楽しんでいただけたことと思います。
引用:https://www.asahikawahigashi-tokyo.jp/new_dousousei2017_houkoku.html
加藤正俊プロデューサーの経歴は?
加藤正俊プロデューサーの経歴ですが
大学時代はサークル全盛期でかなり遊ばれてたそうです。
大学1年時はテニスサークルを掛け持ちして入って、大学3年時は自分達でインターカレッジのサークルを作り、さらに夏は沖縄・冬はスキーに行くなど…絵にかいたような学生時代を過ごされたそうです。
加藤正俊プロデューサーは、子供の頃から、凄い映画館に行くのが好きで、漠然の映画監督になりたかったそうです。
さらに、政治に興味があり、「人の上に立って世の中を動かす仕事をしたい」と言う思いで、政治経済学部に入られたそうです。
大学2・3年時に映画監督になる方法を調べてて、人に「今は映画じゃなくてテレビだよ」と言われて、大学3年時にマスコミ研究室の掲示板を見つけ、マスコミ研究室に入ってマスコミ志望の仲間と触れ合う事で本格的にテレビ業界を目指すようになります。
加藤正俊プロデューサーは、学生時代に彼女を作るなどちゃんとした恋愛をして来た事がドラマ作る側として大きいと思ってるそうです。
なので、マスコミ志望の学生には「恋愛をする事」を進めてるそうですよ。
そして、加藤正俊プロデューサーはドラマを作る時は、人の気持ちを考えた作り方を心がけてるそうです。
さらに、加藤正俊プロデューサーは、大学4年の就職活動直前に母親を亡くされてて、「働いてこれから親孝行ができない」と思ってた時に、バイトでドラマのスタッフをした時にその監督が「これから就職して、おふくろさんのためのドラマを作ってやればいいんだよ」と言われ、その事で迷わず進もうと思ったそうです。
そんな加藤正俊プロデューサーの略歴ですが
1992年に共同テレビに入社
フジテレビのドラマ「お水の花道」「らせん」「ブランド」などをプロデュース
その後、2001年に日本テレビに入社し、「ごくせん」を手掛けます。
日本テレビでは、他に「バンビーノ!」「働きマン」「花咲舞が黙ってない」などをプロデュースを行う
その後、多くのドラマでチーフプロデューサーを務めてます。
さらに、2006年にエランドール賞の作品賞を「ごくせん」プロデューサーとして受賞されています。
以上が、加藤正俊プロデューサーに関する記事ですね。