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吉村浩GM(日本ハム)のwikiや経歴は?高校・大学は早稲田?

今回は、日ハム・吉村浩GMの

 

 

wiki風プロフィールや

 

出身高校・大学などの学歴

経歴や様々な実績

 

評判まとめ

 

 

などなど…日本ハム・吉村浩GMについて書きました。

吉村浩GM(日本ハム)のwikiは?出身高校・大学は早稲田?

引用:https://www.nikkansports.com/m/baseball/news/1731211_m.html

日本ハム・吉村浩GMのwiki風プロフィールですが

  • 名前:吉村浩(よしむらひろし)
  • 生年月日:1964年6月16日生まれ
  • 出身地:山口県

 

 

出身高校・大学は

山口高校→早稲田大学(1987年卒)

 

となります。

 

ちなみに、山口高校は

普通科 偏差値68(山口県内3位)、理数科 偏差値70(山口県内2位)

 

と言う非常に頭がいい高校になりますね。

 

以上が、吉村浩GMのwikiや出身高校・大学に関する記事でした。

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吉村浩GMの経歴は?

引用:https://www.nikkansports.com/m/baseball/news/1731211_m.html

吉村浩GMの経歴ですが

 

1987年~1990年、大学卒業後、スポーツ紙の記者になる

 

スポーツ記者退社後、アメリカ・大リーグを視察する為に渡米する

1992~1999年、NPB パ・リーグ事務局に在籍

2000年2月1日~2002年、3年間はアメリカ デトロイト・タイガース GM補佐就任(球団管理本部勤務)

 

2002年~、3年間は阪神・総務部に在籍(総務部次長・企画担当)

 

2005年、日本ハムにヘッドハンティングされ、GM補佐就任

2005年ドラフトにて、吉村浩GMの「福岡第一高校の台湾出身の遊撃手の視察を、お願いします。陽仲寿(よう・ちょんそ) (後の陽岱鋼)です。1位クラスの選手です」と言った事で、陽選手を1巡目指名し入団したそうです。

当時の陽選手は、指名候補リストに入ってる程度の選手だったそうですよ。

 

2015年、3代目・日本ハムGM就任(チーム統舗本部長・取締役も兼任)

 

吉村浩さんがGM補佐に就任してから、2度の日本一・5度のリーグ制覇を達成されています。

 

吉村浩GMは、大リーグでの編成業務経験を生かしデータベースを導入し、「スカウティング」と「育成」の2本柱を掲げ、永続的な強化指針を確立させました。

「限られた資金で、いかに効率的かつ継続的に強化、維持していけるか」の基盤を固めたそうです。

吉村浩GMは選手経験はありませんが、日米の球団運営を知るスペシャリストになります。

吉村浩GMのポリシーは「選手供給サイクルの確立と実践」だそうです。

 

さらに、日ハムには在籍または他球団選手、ドラフト指名候補など、野球に関わる項目をすべて数値化した独自のデータベース「ベースボール・オペレーション・システム」(通称BOS=ボス)と言うコンピューターソフトがあります。

こちらは、吉村浩GMがアメリカ・タイガースで学んだチームマネジメントの手段をアレンジして提唱し、導入されたそうです。

こちらのソフトは、初期投資に約2億円で、毎年数千万をかけて現在もバージョンアップを続けています。

閲覧可能なのはごく一部の幹部のみで、選手を年齢や実績などで「中核」「控え」「育成」などに区分されてる複雑で緻密なデータベースになるそうです。

 

さらに、編成トップだけでなく経営者の才能もあり、「この金額で1年間やってくれませんか? 」となれば、その中で収めてくる。予算内で余らせるそうです。

選手の総年俸などチームに関わる年間の予算を1度も超過したことがないそうです。

 

 

以上が、吉村浩GMの経歴になりますね。

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吉村浩GMの評判は?

引用:https://www.nikkansports.com/m/baseball/news/1731211_m.html

吉村浩GMの評判についてですが

 

吉村浩GM補佐時代にGMを務め、現在は横浜DeNAのフェローを務める高田繁さんさんは吉村GMについて

「頭が良くて、数字、情報に精通している。すべてのプランニングをしたのが吉村君だった。みんな彼がやってくれた。何もしなくていい。それは楽だった」

「吉村君が、ある球団のデータを持ってきた。主力になっている高卒野手は、1年目からファームで年間何打席以上、立っています。で、何年後に1軍で活躍していますとか。投手なら年間何イニング以上を投げていますとか。それはすごいデータだった」

「吉村君のマネをしてやっているけれど、まだまだ追い付かない。トレード、ドラフトなんかを、監督とかがやる時代はもう終わり。この世界は結果。彼には結果がついてきている」

「いい意味でね。彼は、本当に野球オタクだよ」

 

と語られています。

 

 

日本ハムの栗山監督は監督就任前から公私で親しい間柄で、現在でも「ヨシ」と呼ばれています。

栗山監督は、2010年頃に吉村浩GMから「根本陸夫(西部・ダイエーでGMの役割を務め、様々な手法で選手を獲得し、「球界の寝業師」の異名を取った人)になりませんか?」「まず監督をやりませんか?」と監督のオファーをされますが、未知のモノで経験もないので、断ろうと考えてたそうですが

吉村浩GMが「命がけで野球を愛してやってくれれば、それでいいんです」「命がけでやってください。本当に野球を愛していますよね?」と言われ、監督を受ける事を決めたそうです。

 

そんな栗山監督は、吉村浩GMについて

「こんなに頭の良い人に出会ったのは人生で初めて。バサッ、バサッと早く、正しいことを決断する。野球のことも含めて相談すれば確実に答えがある。正しいとか間違っているではなく、ヨシは答えをいつも持っている。聞けば、いつでもヨシの意見を聞ける。知恵袋的な存在がいることは、ものすごく大きい。」

「ほとんどのことを言い当てている。すごいよ、ヨシは。愛情と決断力。そこに裏付けされた根拠がある。どんなに努力したって、ヨシみたいな仕事はできない。普通は一緒に仕事をすると嫌な部分が見える。それがなく、さらにすごくなっている。ヨシは天才だよ。」

 

 

以上が、日本ハム・吉村浩GMの評判に関する記事ですね。