ホベルトサトシソウザの父親・母親の名前や職業は?父の経歴が凄い!

UROIRO編集部

今回は、大みそかのRIZINに出場されるホベルトサトシソウザ選手の

 

 

父親・母親の名前や職業などや

 

父親の凄すぎる経歴

父親の凄い人間性に関するエピソード

 

父親の感動的のエピソードの数々

 

 

などなど…ホベルトサトシソウザ選手について書きました。

ホベルトサトシソウザの母親の名前や画像や職業は?

引用:https://bonsaishizuoka.livedoor.blog/archives/9064564.html

ホベルトサトシソウザ選手の母親は日本人、名前はマリ ヒラヤマさんで洋裁師になります。

さらに、母親は警察官だったのでは?との噂がありますが…真相は不明です・・・

 

そして、こちらが母親のマリさんの画像ですね。

 

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非常に綺麗な方ですね。

 

さらに、母親はマラソンをされてて、大会で入賞されています。

ホベルトサトシソウザの父親は伝説の柔術家?経歴や戦績が凄い!

ホベルトサトシソウザの父親はブラジル人でボンサイ柔術の創始者のアジウソン・デ・ソウザさんで、

父親は、柔術の先生だけでなく、鍵屋・パステウ売り場・ガードマンもしていました。

そして、兄のソウザ・マルコスさんは、「両親の仕事を恥ずかしいと思った事はない。僕にとって誇りである。」とコメントされています。

 

父親がパステウ売りだった頃、袋一杯にパステウを持ち帰り、母親がそれで調理をして、パステウは子供達のおかずに代わりました。

だいたい、ひき肉かチーズだったそうです。

さらに、パステウの衣は子供たちの朝食かおやつだったそうです。

 

父親のアジウソン・ソウザさんは、柔道で黒帯・極真空手で黒帯を取得し、その後柔術で黒帯、さらにその他の格闘技でも黒帯を所得されています。

さらに、ヒクソン・グレシーさんの父親のエリオ・グレイシーも認めた柔術家になります。

得意技は、三角締めでした。

 

ちなみに、「ボンサイ柔術」は1993年にブラジル・サンパウロに創設され、名前の由来は、盆栽は手入れが大変だが、手をかければ美しく、強くなることから名付けられました。

そして、現在のボンサイ道場は

 

こんな感じで、かなり充実した設備がある道場です。

後、集合写真からは、アットホームな感じがしみじみ伝わってきますよね。

ホベルトサトシソウザの父親の人間性が凄すぎ!

ホベルトサトシソウザ選手の実家はブラジルにあり、父親が自分の手で作った家で、決して裕福な家ではなかったそうです。

そして、父親が自分たちより貧しい人たちがいるという事で、無償で貧しい子たちに柔術を教えてあげたりしていました。

その為、裕福ではなくても、周囲からの敬意を得て、品がある家庭だったそうです。

 

さらに、ホベルトサトシソウザ選手は、父親から常に「人として正しい道に進むように」「やるべきことに100%を注ぎなさい」「勝つ事・負ける事より、真に戦うこと。それは畳の上だけでなく、リングでも日常でも、相手だけでなく自分自身の心とも戦い、敬意を持つ事」と言われてたそうです。

ホベルトサトシソウザと父親との感動エピソードまとめ

引用:https://bonsaishizuoka.livedoor.blog/archives/9064564.html

2009年から2010年の年末年始に掛けて、3兄弟が初めて揃ってブラジルに帰る事が出来、兄弟でお金を出し合って、2010年6月頃に両親をアメリカ旅行に連れて行ったそうで、それは父親にとって初めての海外旅行でした。

ただ、その時に父親は胃の痛みを感じ始めていました。

その後、2010年8月にガンが発覚します。

一番上のお兄さんに医者が「父親の余命は6か月しかない」と言われたそうですが、海外で頑張る兄弟に心配をかけない様に、父親が亡くなる直前までその事を隠してて、下の兄弟は「父親は盲腸で入院して、治療すれば治る」と思ってたそうです。

2011年、父親が危篤状態の時に、一番上のお兄さんから急にブラジルに帰るように言われ、ホベルトサトシソウザ選手たち兄弟はお金がなくて帰れなくて、父親の師匠が「荷作りをしなさい。航空券を買ってやる」とお金を出してくれたそうです。

その時、「なんでまだ浜松にいるのか?なぜブラジルに帰って来ないのか?」と聞かれたそうですが、ホベルトサトシソウザ選手たちには「ボンサイ柔術を世界に広めて行く」と言う夢があったので、帰れなかったそうです。

 

そして、末期がんで入院してる父親に会って、ホベルトサトシソウザ選手は「アジウソン ソウザ」と刺繍された父親の黒帯を直で渡され、「ごめん。苦労をかけたくなかった。みんな一生懸命夢を追いかけてる。一番最後に苦労をかけたくなかった。この帯を病院のベッドの上ではなく畳の上で渡したかった。でもここから出られないって分かっている。この帯を誇りに思い、幸運を祈る。腰に締める度に、”何を求めるべきか”思い出して。力になるから」と言われ、その夜(2011年5月)に52歳で父親は亡くなられたそうです。

ホベルトサトシソウザ選手は、この父親の帯で世界チャンピオンになる事を誓ったそうです。

ちなみに、ホベルトサトシソウザ選手は、2013年にプロ柔術世界大会で悲願の優勝を遂げられています。

そして、2011年に日本のヒクソングレイシーカップの黒帯でマルコス・ソウザさんとホベルト・サトシ・ソウザさんのソウザ兄弟の大会制覇をしました。

その大会で2つの金メダルを獲得したマルコス・ソウザさんは「父を失った後、無気力となり、柔術のトレーニングや試合へのモチベーションが無くなり、柔術を辞めて別の道へ進む事さえ考えました。」と明かし

マルコス・ソウザさんは『「東京での大会で黒帯の無差別級に兄弟で共に決勝まで勝ち上がり、私たちの勝利が確定したときにサトシは僕に言いました。決勝戦でレフリーが僕達の腕を上げたときに「もしお父さんがここにいて僕たちの勝利を見ていてくれたら良かったのに・・・」彼を抱きしめながら私は彼に答えました。「父はここにはいないが、間違いなく今のこの私たちの勝利を見てくれているよ。」』と言われたそうです。

 

さらに、兄・ソウザ・マルコスさんに「今日より先がないとわかってる。1つ頼みがある。絶対自分を変えないで。何があろうと。人生で一番の誇りは息子のお前たち。ただ1つの望みは、母さんと兄弟たちの面倒を見て、父さんと同じようにしてくれると信じている。お前たちを信じてるからね。カカとトシを手伝って、ずっと希望と努力を持ち続けて、よくなる」と言われ

ソウザ・マルコスさんは「僕とトシは海外で成功してるよ」と自分たちが載ってる雑誌を見せて、父親は「誇りに思ってる。でもそれを成功と勘違いしないでね。雑誌の紙面になるのが成功じゃない。成功というのは多くの人の見本になって、健康とお金を持ち、好きな事をする。成功は家族を養うことでもある。それが成功。それ以外は自己満足にすぎない。」と言われ

ソウザ・マルコスさんの手を取り「ごめん。お前たちに立派な家を残すことができなかった。財産や外車も残せなかった。一生懸命頑張ったけど、残念ながらチャンスはなかった」と言われ、ソウザ・マルコスさんは「僕は一番大切なものはもらった。それは家族であり、性格・仕事の道を教えてくれたこと。」と言われました。

 

現在、ソウザ・マルコスさんは、ブラジルに600mの道場を持ち、1道場に300人以上の生徒がいて、シカゴ・グアム・台湾に1件・日本に4件・ブラジルに36件 道場を持っていて、「父親に何も残せなかったとは言わせない」と言われています。

 

そして、これらが生前父親がファミリーに残した言葉になります。

(原文)
“O jiu jitsu sempre foi a alegria da minha vida.
Todas as vezes que amarrei minha faixa honrei meu kimono.
Dos adversários que perdi, aprendi a lição de como fazer certo.
Dos que ganhei, a certeza de que percorri o caminho da vitoria
sem nunca me sentir melhor ou pior.
Tirei de cada treino, todo o prazer que o esporte de kimono
pode oferecer.
A maior verdade que encontrei foi a alegria dos meus filhos,
o amor da minha esposa e o respeito dos meus amigos.
Sigo em paz certo de haver cumprido minha tarefa.”

Adilson de Souza

(日本語訳)
柔術は私の人生で常に幸福をもたらしてくれました。
毎回帯を結ぶたびに私は自分の道着の労をねぎらってきました。
戦い負けた時は、私は戦った相手から正しいやり方を教わりました。
戦いに勝った時は、勝利に向かって進んで来た道が正しかったことが確認できました。
それにより、最高や最悪といった気持ちに支配されることはありませんでした。
私は日々のトレーニングで、柔術の中で幸福を感じていきました。柔術は私にそれらを提供してくれました。
そして私の見つけた最大の真実は、私の子供たちの喜び、妻への愛、そして友人達への敬意でした。
私は安らかに、自分の使命を果たしたことを確信しています。

アジウソン・デ・ソウザ

引用:https://bonsaishizuoka.livedoor.blog/archives/9064564.html

 

この言葉は、ソウザ兄弟だけでなく、クレベル・コイケ選手などボンサイ柔術の選手達は、必ず試合前控室で父アジウソンが遺した写真と言葉を前に正座で、何度も読み体に刷り込み試合に臨んでいます。

 

ホベルトサトシソウザ選手の父親は格闘家としても人間としても素晴らしい方である事が分かりますね。

人間性が終わってる自分には、ホベルトサトシソウザ選手の父親の人間性が凄すぎて、今までの自分を反省してしまいます・・・

https://akasannbiz.com/2021/12/13/hoberutosatoshisouza-yome/

https://akasannbiz.com/2021/12/23/hoberutosatoshisouza-kyoudai-shimai/

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