今回は、夏木ゆたかさんの
- 若い頃の経歴やエピソード
- 出身高校について
- 若い頃の画像や動画
などなど…夏木ゆたかさんの若い頃(昔)について書きました。
夏木ゆたかの若い頃(昔)の経歴は?出身高校は銚子?
夏木ゆたかさんの若い頃(昔)ですが
1948年12月2日に千葉県桃子市生まれになります。
ちなみに、夏木ゆたかさんの本名は馬目豊(まのめゆたか)さんになります。
そして、出身高校は桃子市立銚子高校になります。
ちなみに、桃子高校は千葉県銚子市春日町の市立高校で、2022年時点の偏差値は59になります。
1969年、20歳で川口豊名義でクラウンレコードで「愛のかけら」で歌手デビューします。
当時は橋幸夫さん、舟木一夫さん、西郷輝彦さんの御三家が大人気で憧れて、歌手を目指すも、同期のクール・ファイブさんや大川栄策さんに比べ影も形もないままでした。
ただ、売れないまま地元に帰れないと、司会業を思い付き、歌手デビュー時にキャンペーンで行った銀座・三越百貨店に、1年後に「司会に使って下さい」とお願いに行きました。
そして、1970年~銀座三越の歌謡ショーで1日4回を7年間司会をされていました。
当時の夏木ゆたかさんは、天下の銀座4丁目で毎日舞台で話してると芸能界の誰かの目に留まると思ってたそうです。
この事で司会の腕を磨いた事で、コンサートの司会などを依頼される様になり出します。
そして、メディアでの初レギュラーは1973年から文化放送のラジオ「歌う明星ヤングソングショー」でした。
このラジオは、自ら文化放送に売り込みに行かれています。
当時は、公開録音で全国ネットで歴代アイドルが出てる番組の司会をしてれば雑誌「明星」に載れるのでは?と思ってたそうです。
そして、当時なりたいのはラジオのパーソナリティーではなくて歌手だったそうです。
そして、自身がテレビに売り込み「テレビ三面記事」のリポーターになります。
その後、1978年から「スターどっきり㊙報告」の早口リポーターになり、「テレビ三面記事」を辞めたそうです。
この事に対し、ディレクターに「全国ネットのレギュラーなのになんで…」と言われたそうです。
ただ、夏木ゆたかさんはサインを求められる歌手やタレントになりたかったので、可能性は「スターどっきり」にあったので辞めたそうです。
「スターどっきり㊙報告」での早口リポーターは、出演して5・6回目くらいにディレクターから「まとめすぎるんだよ、リポーターとしたら。そんなんじゃアナウンサーが喋ってればいい」と言われたそうで、「それなら滅茶苦茶やってやれ!」と夢中になって早口でまくしたてるとスタジオの人達に笑って貰えたそうです。
その後、「ルックルックこんにちは」のコーナー「ドキュメント 女ののど自慢」の第2代司会者に就任されます。
そして、バラエティー以外に、競馬・ボートレース・女子プロレス・プロ野球ニュースなど様々なジャンルの番組に出て、依頼には何でも応えられたそうです。
夏木ゆたかの若い頃(昔)の画像・動画は?
夏木ゆたかさんの若い頃(昔)の画像・動画ですが
1986年3月、「チャレンジ・ザ・競馬」
1994年、「女のわがまま」
1994年10月、「夕食ばんざい」
1996年4月、「ドキュメント 女ののど自慢」
以上が、夏木ゆたかさんの若い頃(昔)に関する記事ですね。
https://akasannbiz.com/2022/10/23/natukiyutaka-keltukon-dokushin/