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柳田泰己騎手のwiki・経歴は?妻(嫁)・結婚の情報は?

今回は、柳田泰己騎手の

 

  • wiki風プロフィール
  • 経歴やエピソード
  • 結婚や家族に関する情報

 

などなど…柳田泰己騎手について書きました。

柳田泰己騎手のwikiは?

柳田泰己騎手のwiki風プロフィールですが

  • 柳田泰己(やなぎだたいき)
  • 生年月日:1993年11月2日生まれ
  • 出身地:千葉県松戸市
  • ワイカト・マタマタのウェックスフォード・ステイブルズ所属

となります。

柳田泰己騎手の経歴は?

柳田泰己騎手の経歴ですが

騎手を目指したのは、高校2年にブリスベンに短期留学した時だそうです。

ホームステイ先で一緒になった日本人の大学生が競馬好きで、ブリスベンのドゥームベン競馬場に連れて行って貰い、初めて競馬を見た、心を魅了されたそうです。

そして、騎手がかっこよく見え「自分もなりたい」と思ったそうですが、この時18歳で「騎手を目指すには遅いのでは?」と考えますが、祖父が生きてたら「頑張ってみる」と言ってくれたと思い、目指す事を決めます。

ただ、競馬学校は入学資格が18歳まで、体重46.5㎏以下だったので断念します。

しかし、お姉さんが金銭面で助けてくれ、自宅から通える乗馬クラブで週に何回か馬に乗り始めました。

初めて馬に乗った時は「高くて怖い」と感じたそうです。

その後、母親と祖母からは「(騎手になるのは)せめて大学卒業してから…」と言われたので、大学に入学されますが、騎手になるなら年齢的にかなり不利だと考え、1年で中退します。

その後、日本の競走馬育成牧場で働きました。

当時、馬乗りを教えて貰ってたそうですが、あまり上手ではなかったので、「本当に騎手になるつもり?」と言われたそうです。

そして、働いてる育成牧場のスタッフの伝手で2013年11月にオーストラリアに行きます。

オーストラリアでは、馬乗りも英語も上達して行きますが、ビザの関係で中々騎手の道は拓かなかったそうです。

その為、心が折れそうになる人もあったそうですが、市川雄介さんなど現地の日本騎手やライダーが食事に誘ってくれ、悩みを聞いてくれたそうです。

2016年6月にビザの関係で一度帰国を余儀なくされ、騎手になるためのビザを取りやすいニュージーランドに2016年10月に行く事を決めます。

2017年6月から元名騎手のランス・オサリバンさんが調教師を務める厩舎で働きます。

ランスさんは厳しいながらも、騎手への道を真剣に助言してくれたそうです。

そして、ランスさんの後押して、2017年10月に騎手になる事が出来ました。

初レースは2017年12月でした。

勝つ事は出来なったそうですが、師匠のランスさんに「よく乗れていた」と言われたのが嬉しかったそうです。

そして、2018年1月に初勝利を挙げます。

デビュー、3~4鞍目でした。ジュエルオブパッチという馬で最後は無我夢中に追って勝つ事が出来ました。すぐに母と祖母、それから姉にも報告をしました。皆、喜んでくれた事で嬉しさが倍増しました

引用:https://news.yahoo.co.jp/byline/satoshihiramatsu/20191128-00152497

2021年シーズンは、キャリアハイとなる42勝を挙げています。

2022年1月、G2ウェストバリークラシックで重賞初制覇

2022年3月、G3サンラインヴァーズで重賞2勝を挙げて、ニュージーランドオークス騎乗を果たしました。(通算は162勝)

ニュージーランドの日刊新聞「ニュージーランド・ヘラルド」は「(ニュージーランドで)最も躍進してる人気ジョッキー」と紹介されています。

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柳田泰己騎手の結婚や妻(嫁)の情報は?

柳田泰己騎手が結婚してて、お嫁さん(妻)がいてるのか?に関する情報は不明でした。

2021年6月の記事にて、柳田泰己騎手の体重維持法を外食を控えて日本食を自炊と書かれてるので、まだ柳田泰己騎手は結婚していなかった可能性がありますね。

外色は控え日本食を自炊。アジアンスーパーで買ったあんこペーストをバナナなどに塗って食べるのがささやかな楽しみ。

引用:https://www.gekkannz.net/sports/interview-202106/

柳田泰己騎手の家族の情報まとめ

柳田泰己騎手は、6歳上の姉と5歳下の妹がいてます。

父親とソリが合わず、中学生の頃から母方の祖父母に育てられました。

柳田泰己騎手は、父親代わりだった祖父が大好きだったそうです。

ただ、高校2年時に祖父が他界してしまい、その悲しみを紛らわす為にオーストラリアに留学をされます。

そして、その事が柳田泰己さんが騎手を目指すきっかけとなりました。

千葉県松戸市で生まれた時、その苗字は柳田ではなかった。6歳上の姉と5歳下の妹と共に、少々複雑な家庭環境の下で育ったのだ。
「父とソリが合わず、中学生の頃から母方の祖父母に育てられました」
父親代わりになってくれた祖父の事を大好きだったと続ける。
しかし、高校2年生の時、悲劇に見舞われた。その祖父が他界してしまい、深い悲しみに包まれたのだ。その後、悲しみを紛らわすようにオーストラリアへ留学した。それが彼の人生を大きく変えるターニングポイントとなった。

引用:https://news.yahoo.co.jp/byline/satoshihiramatsu/20191128-00152497

さらに、柳田泰己さんは、「柳田」と言う姓を世界に広めたいと言う事を常に意識されてたそうです。

冒頭で記した通り、柳田は元々、別の苗字で生まれ育った。“柳田”という姓は母方の母の苗字だった。祖父が長男ではなかったため、結婚する際に祖母の姓を継ぐ事にしたのだという。
「そのおじいちゃん、おばあちゃんに育てられましたからね。自分はこの“ヤナギダ”姓を世界に広めたい。それは常に意識しているんです」
祖父が存命なら現在の活躍を応援してくれるだろうと語る柳田。「“ヤナギダ”姓を世界に広めたい」という志を聞くだけで、おじいちゃんは喜んでくれている事だろう。

以上が、柳田泰己騎手に関する記事ですね。